インフレターゲット

アベノミクスでの第一手段として、日本銀行とタッグを組み大規模な金融緩和策へと乗り出した。想定しているのは経済が自律的に インフレーションを組込むようにすることである。インフレ値を目標にして経済の好況を作り出すことを意図している。 このベースにある考えはフィリップス曲線である。この曲線は1960年代から俄かに注目を浴び始めた。X-Y座標平面の第一象限で、 縦軸に物価上昇率、横軸に失業率をとると、右下がりの曲線が描けることを、イギリスの過去の統計データからフィリップスが 最初に発表したのである。しかし、これは驚くほどの発見ではなかった。常識による直感から考えると、経済の好況期には失業率は 低下し、物価上昇率は増加する傾向にあり、不況期には失業率の増加、物価上昇率の減少が生じると予想されるからである。 したがって、この常識論を科学的に裏付けしたものにすぎなかった。
アメリカでケネディ大統領の時代、ケインジアンと呼ばれる ケインズの考えを信奉する経済学者が、フィリップス曲線を土台にして、ポリシーミックスに応用しだした。ポリシーミックスとは 財政政策と金融政策を融合して経済の総需要を管理することである。物価の安定と雇用政策には、上述したようにフィリップス曲線が 右下がりであることから、二律背反、つまりトレード・オフの関係が存在する。すなわち、物価上昇率を抑え込もうとすれば、 失業率の上昇を伴い、失業率の低下を目指すならば、物価上昇率の増加を覚悟しなければならないのである。物価と雇用の両立は 困難なのである。
フィリップス曲線の応用は本来インフレが通常状態の経済を想定している。アベノミクスは現在の日本経済が フィリップス曲線を描くような経済構造になっているかが問題である。ましてや、フィリップス曲線はあくまでも経済統計の結果を 述べているだけであって、これについてのバックグラウンド分析が示されていない。そしてまた、これは短期的な話であって、 長期的となれば話が違ってくる。異次元の金融緩和を行なったことは短期を考慮にいれて、時間をかけることなく、デフレからの 脱却を図ったことが意図されているのかもしれない。長期的戦略として、成長戦略いわゆる残る二本の矢を政策に掲げたのかもしれ ない。経済学者の中にケインズ政策、いわゆる上記した総需要管理政策が短期であっても無効、あるいは長期では無効だと論ずる者も いる。長期の話でいえば、このフィリップス曲線が垂直、すなわち経済構造自体がもつ失業率に収まるというのである。 ケインズ政策が有効か否かという結論を一括りに断言することはできないだろう。しかし、リーマンショック時の過渡な経済の 落込みのような状況下ではある程度の効果があると断言できよう。
だがアベノミクスの行われている日本経済はどうなのか が問題だ。日本は外生的要因が色濃く反映された円高の影響を過渡に受けているといえる。円高を協調して是正する国際環境は 期待できない。本来、在るべき円レートの姿からいえば、いわば不況の煽りを受けていると考えるのが妥当である。この論点から すれば、大規模な財政政策の手段を打って出ることができない中で、金融政策を講じる外はないと言えるだろう。 日本の総需要は生産人口の減少により、可処分所得の減少を伴い消費が縮小する傾向にあるという。理論からすれば労働供給の 減少(左方へのシフト)は他の事情が不変であれば賃金の上昇をもたらすはずだが、そうはなっていない。ということは、 供給の減少より労働需要がそれよりも減退している(下方へのシフト)と考える。その要因の一つが過渡な円高にあると言うのは 至極自然なことではなかろうか。
アベノミクスが円レートの適正化を図り、企業所得の増大が労働需要を励起させ賃金上昇を 生み出し、内需を拡大させ、長期的な経済環境の好転という期待感を持てるかが重要である。そうでなければ、デフレからの脱却は できない。


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