理想的な監督・体罰

僕は中学生のころ、野球部員であり、国語教師の秦(はた)先生が監督であった。 中2まで教えられた。中1のころ、3年生は県内有数の実力を誇る猛者ばかりだった。秦先生が赴任して以降、急激に部員が力をつけ、 我、中学に名声をもたらした。練習において、こずいたり、叩いたり、罵声を浴びせることはなかった。 身振り、手振りで丁寧に指導された。今、思うと先生は生徒をよく観察しておられたのではないか。一つのエピソードがある。 僕はあまり野球が上手くなく、レギュラーには選ばれないと思っていたが、中二の秋の南郡の新人戦に出場することになった。 予想通り、僕はエラーをした。僕がエラーを繰り返しても、あれよあれよと勝利し見事優勝に輝いた。 後輩からも、同級生からも、「山本先輩、山本がエラーすると必ず勝つな~。今度の県の新人戦もエラーしたら優勝するかも。」 そして、県の新人戦で僕は、一つもエラーをせず、しかも、打点を全て自分がたたき出すという大活躍を見せたのだ。 しかし、負けてしまった。それから数日後、練習中、秦監督がライト外野の芝生の上に、エンジンを組ませて座らせた。 開口一番『みんな、山本を見ろ。試合ではエラーをしてしまうが練習を真面目にやっている。だから、俺は山本を使うんだ。』 みんな、シーンとしていた。おそらく、このとき、部員の練習態度に熱気が入っておらず、僕を喩えとして引き合いに出したので あろう。こうして書くだけで、涙が出てくるが.....。秦先生は実に理想的な監督であったと思う。 先輩方の残したすばらしい実績に固執せず、今、やっている部員のベストを引き出そうとした。ここでは、 中学の話で高校とは趣が異なるが、やはり監督は選手をよく観察することが大切だと思う。監督の人格で練習内容も、 指導内容も変わってくる。選手としては体調や精神的な心の波で練習への熱の入り方も日々違ってくる。 そうした中で平手打ちを食らわしたり、足蹴りにしたりすることが、タイミングとして良いものか判断はできまい。 そういう観点からすると、スポーツの体罰は極力、避けるべきだというのが、僕の結論である。ちなみに、高校でも野球部であった。
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