111.数列の極限 - ε-N論法

数列の極限での教科書の定義で以下のものがある。
定義 A 数列\(a_{n}\)において、番号nを限りなく大きくするとき、一定の値\(\alpha\)に限りなく近づく場合、数列 \(a_{n}\) は \(\alpha\) に 収束するといい、これを記号で
\[ \lim_{n \to \infty} a_{n} = \alpha \quad ; \quad あるいは \quad n \to \infty \quad のとき\quad a_{n} \to \alpha \] と表す。また、このとき\(\alpha\)を数列\(a_{n}\)の極限値という。
高校では曖昧さを残している。定義内の 「限りなく大きく」「限りなく近づく」という言葉には主観性がある。客観的な厳密性に欠け、高度な問題に対して、 そのままでは太刀打ちできない。そこで考えられたのがε-N論法と言われるもので、その論法に即した定義に変えてみる。
定義 B \(\quad\)任意の正の数εに対して、ある自然数N(ε)が存在して、任意の自然数nに対して、n≥ N(ε)ならば、
\(\mid a_{n}-\alpha \mid \lt \varepsilon\)が成り立つとき、数列\(a_{n}\)は\(\alpha\)に収束するという。

この定義を参考文献(※コラム最後に記載)の文脈も交えて、自分なりの解釈を加えてみたい。その前に使用する記号を説明しておこう。 訪問者には初めての用語だろうが、理解できないものではない。ただし、自然と使うには日頃から思考を重ねる必要はあるだろう。 僕は数理経済学の勉強中に出くわしたものなので、いささかも不便さは感じていない。
\(\forall\) は英語のanyを意味し、「すべての」とか「任意の(自由に選択できる)」という形容詞であり、全称記号と呼ぶ。 \(^\forall\) \(x\)は「すべての(任意の)\(x\)」を意味する。 \(\exists\) は「ある~に対して」とか「~が存在する」という意味であり、存在記号という。 \(^\exists\) \(x\)は「ある\(x\)に対して」あるいは「\(x\)が存在して」と言う。全称記号・存在記号を総称して限定記号という。
さて、ある条件下で命題pならばq、すなわちp→qが成り立つということを明確にするために[ p → q ]というように [ ]記号で囲むことにする。
例えば、すべての自然数の\(x\)についてp(\(x\)) → q(\(x\))が成り立つ、を表現するなら、 \(^\forall\) \(x\) \(\in \mathbb{N}\)[p(\(x\)) → q(\(x\))]となる。\(\mathbb{N}\)は自然数全体の集合を表す。
ここで、定義Bについて限定記号を用いて表現しよう。
\[ ^\forall \varepsilon > 0, ^\exists N(\varepsilon) \in \mathbb{N},\\ ^\forall n \in \mathbb{N}\ [\ n \ge N(\varepsilon) \Longrightarrow \mid a_{n}-\alpha \mid \lt \varepsilon\ ] \] まず、\(N(\varepsilon)\)について説明する。これは、Nがεに依存した値であることを意味している。具体例で話を進めよう。\(a_{n}\) = \(\dfrac{5n-2}{5n+1}\)とおく。 右辺での分母・分子をnで除すれば、右辺は\(\dfrac{5 - \dfrac{2}{n}}{5 + \dfrac{1}{n}}\)で、nを ∞へ近づければ、1へ収束する。ここで、以下のような問題を考えてみる。

\(a_{n}\) = \(\dfrac{5n-2}{5n+1}\)のとき、次の条件を満たす自然数Nを一つ求めよ。

(1) \(n \in \mathbb{N}\ [\ n \ge N \Longrightarrow \mid a_{n}-1 \mid \lt \frac{1}{100}] \)

(2) \(n \in \mathbb{N}\ [\ n \ge N \Longrightarrow \mid a_{n}-1 \mid \lt \frac{1}{1000}] \)

(3) \(n \in \mathbb{N}\ [\ n \ge N \Longrightarrow \mid a_{n}-1 \mid \lt \varepsilon ] \)
ただし、 0 < ε < \(\dfrac{1}{2}\)


(1) \(\mid a_{n}-1 \mid\) = \(\dfrac{3}{5n + 1} \lt \dfrac{1}{100}\)とすると、 \(n \gt \dfrac{299}{5}\) = 59.8 となる。Nは自然数なので、N=60が一つの答えである。 通常、Nは最小数を考え、\(n \ge 60\)と表現される。
(2) (1)と同様に考えて、\(\mid a_{n}-1 \mid\) = \(\dfrac{3}{5n+1} \lt \dfrac{1}{1000}\)では、 \(n \gt \dfrac{2999}{5}\) = 599.8 であり、N = 600が出る。\(n \ge 600\)である。
(3) \(\mid a_{n}-1 \mid\) = \(\dfrac{3}{5n+1} \lt \varepsilon \) \(\quad\)\(5n+1 \gt \dfrac{3}{\epsilon}\) \(\quad\)\(5n \gt \dfrac{3}{\epsilon}-1\)\(\quad\)\(n \gt \dfrac{3}{5\epsilon}-\dfrac{1}{5}\)となる。 この問題では、εに制約条件をつけていた。

\(\dfrac{3}{5\epsilon}-\dfrac{1}{5}\gt 1\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{3}{5\epsilon} \gt \dfrac{6}{5}\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{1}{5\epsilon} \gt \dfrac{2}{5}\) \(\Rightarrow\) \(5\epsilon \lt \dfrac{5}{2}\) \(\Rightarrow\) \(\epsilon \lt \dfrac{1}{2}\)が出る。\(\epsilon \gt 0\)なので、 結局、\(0 \lt \epsilon \lt \dfrac{1}{2}\) の制約条件が得られる。
あるいは、\(\varepsilon \lt \dfrac{1}{2}\) \(\Rightarrow\)  \(5\varepsilon \lt \dfrac{5}{2}\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{1}{5\varepsilon} \gt \dfrac{2}{5}\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{3}{5\varepsilon} \gt \dfrac{6}{5}\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{3}{5\varepsilon}-\dfrac{1}{5}\gt 1\) が得られる。 しかし、何故、等号がついていないのだろうか。
ここで、\(n \ge 1\)と考えてε=\(\dfrac{1}{2}\)を\(\dfrac{3}{5\epsilon}-\dfrac{1}{5}\)に代入すると、 n = 1となる。これを、\(\dfrac{5n-2}{5n+1}\)に代入すると、\(a_{n}=\dfrac{1}{2}で\mid a_{n}-1\mid=\dfrac{1}{2}\) がでるが、\(\dfrac{1}{2} \lt \dfrac{1}{2}=\epsilon\)と矛盾が生じる、 つまり、\(\mid a_{n}-1 \mid \lt \varepsilon\)が満たされない。そうして n = 1は考察対象から除かれる。 さて、まだ答えは出ていない。求めるNをどう指定すればいいだろうか。
nは自然数、つまり(正の)整数であるから、ここでガウス記号を利用する。通常[ ]記号だが、この形の記号を既に使用しているので、 \(\lfloor m \rfloor\)を使用する。ガウス記号の意味は、\(k \le m \lt k+1\)を意味し、実数mを超えない最大整数を表す。この場合、 \(\lfloor m \rfloor\) = \(k\)である。ここでの\(k\)は\(k \in \mathbb{Z}\)であり、\(\mathbb{Z}\)は整数全体の集合である。 このようなことから、\(n \ge \lfloor \dfrac{3}{5\epsilon}-\dfrac{1}{5} \rfloor + 1\ \Longrightarrow \\ \mid a_{n}-1 \mid \lt \varepsilon\)が成り立つ。ガウス記号の内部単体では > 1 でも値は1であるが、n=1は排除されているので、自然数 であることから、+1と付加されている。 そこで、例えば、\(N=\lfloor \dfrac{3}{5\epsilon}-\dfrac{1}{5} \rfloor + 1\)と指定すれば良いことになる。これで、う~ん、 となるなら、N =2となるεの範囲を求め、条件を満足するか確かめてみよう。\(N=\lfloor \dfrac{3}{5\epsilon}-\dfrac{1}{5} \rfloor \) の内部では1を含んではいけないので、ガウス記号内部の値は\(1 \lt \dfrac{3}{5\epsilon}-\dfrac{1}{5} \lt 2 \)となる。連立不等式で、 まず、左側を求める。\(1 \lt \dfrac{3}{5\varepsilon}-\dfrac{1}{5}\) \(\Rightarrow\) \(5 \lt \dfrac{3}{\varepsilon}-1\) \(\Rightarrow\) \(6 \lt \dfrac{3}{\varepsilon}\) \(\Rightarrow\) \(2 \lt \dfrac{1}{\varepsilon}\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{1}{2} \gt \varepsilon\) --- ①となる。
次に右側不等式を解く。\(\dfrac{3}{\varepsilon}-1 \lt 10\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{3}{\varepsilon} \lt 11\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{\varepsilon}{3} \gt \dfrac{1}{11}\) \(\Rightarrow\) \(\varepsilon \gt \dfrac{3}{11}\) --- ②が出る。 ①、②の共通部分でεの範囲は\(\dfrac{3}{11} \lt \varepsilon \lt \dfrac{1}{2}\) --- ③ となる。そして、N = 2すなわち、n = 2を\(\mid a_{n}-1 \mid\ = \dfrac{3}{5n+1}\)に代入すると、\(\dfrac{3}{11}\)となる。 これは③より、明らかにεより小となる。つまりは、\(\mid a_{n}-1 \mid \lt \varepsilon \)を満足している。
(追記) (3)に関して、一般的に証明するとこうなる。 \(\mid a_{n}-1 \mid=\dfrac{3}{5n+1} \le \dfrac{3}{5N(\varepsilon)+1}\cdots④ \lt \dfrac{3}{5(\frac{3}{5\varepsilon}-\frac{1}{5})+1}\cdots⑤=\varepsilon\)
証明だけでは解りずらいので解説を加えておこう。\(n \ge N(\varepsilon)\) \(\Rightarrow\) \(\dfrac{5n+1}{3} \ge \dfrac{5N(\varepsilon)+1}{3}\) で、この逆数をとると④の不等式が得られる。 \(k \le m \lt k+1 \cdots⑥\)において、\(\lfloor m \rfloor=k\)であるから⑥は\(\lfloor m \rfloor \le m \lt \lfloor m \rfloor +1\)となる。\(\lt\) 記号の不等式に着目して、\(\dfrac{5m+1}{3} \lt \dfrac{5(\lfloor m \rfloor+1)+1}{3}\)となり、 逆数をとれば\(\dfrac{3}{5(\lfloor m \rfloor+1)+1} \lt \dfrac{3}{5m+1}\)が導出される。\(\lfloor m \rfloor+1=N(\varepsilon)\) で右辺mがガウス記号の内部と見ればよいことが分る。
さて、N(ε)のことだが、これらの問題を解いていって、多少ピンとこられたであろうか?εを決め打ちにして、 求めるNを指定している。すなわち、Nはεに依存した値である。 上記問題でいうなら、(1)では\(N(\dfrac{1}{100})\)=60、 (2)では\(N(\dfrac{1}{1000})\)=600、(3)では\(N(ε)=\lfloor \dfrac{3}{5\epsilon}-\dfrac{1}{5} \rfloor + 1\)と表せ得る。
さて、εに\(\dfrac{1}{10000}\)や\(\dfrac{1}{100000}\)のように、ますます小さな値を指定していくと、 Nはますます大きな値になる。すなわち、nがどんどん大きくなる。そうなることで、 \(a_{n}\) = \(\dfrac{5n-2}{5n+1}\)は限りなく1に近づいていく様子が 観察される。ここで、不等式\(\mid a_{n}-\alpha \mid \lt \varepsilon \)の絶対値をはずすと\(-\varepsilon \lt a_{n}-\alpha \lt \varepsilon\) であるから、\(n \ge N(\epsilon) \Longrightarrow \mid a_{n}-\alpha \mid \lt \varepsilon \)は
\[ n \ge N(\varepsilon) \Longrightarrow \alpha-\varepsilon \lt a_{n} \lt \alpha+\varepsilon \] を意味している。数直線を用いて言うならば、この不等式の重要な捉え方は、\(\alpha\)を起点にして、 左右に大きさ\(\varepsilon\)の距離をとったときに、\(a_{N(\varepsilon)}\),\(a_{N(\varepsilon)+1}\),\(\ldots\)が全て開区間\((\alpha-\varepsilon, \alpha+\varepsilon)\) に収まっていることである。問題(1)にて、例えばN =59と考え、n = 59を\(\mid a_{n}-1 \mid = \dfrac{3}{5n+1}\)の右辺に 代入してみよう。\(\dfrac{3}{5(60-1)+1}=\dfrac{3}{296}\ \gt \dfrac{1}{100}=\dfrac{3}{300}\)となり、 これは、開区間\((1-\dfrac{1}{100},1+\dfrac{1}{100})\)に入らないことを意味する。
僕のイメージとしてはこうだろうか。\(\alpha\)を中心にして半径εの円を描く。しかし、円周上の点は含まれない。 この円をダーツ板として、投げる矢に番号を付ける。 ある番号の矢までは、ダーツ板は想定される半径εの円より大きいが、その番号までの矢は決して半径εを持つ円の内部には決して、 突き刺さらない。ところが、ある番号以上を持つ矢になったとき、ダーツ板は半径εの円板になり、 矢の番号に合わせてダーツ板の大きさが自動で小さくなるが、必ず円板内部に突き刺さる。 しかし、その刺さり具合は中心\(\alpha\)にどんどん近づいてゆくものとなる。究極的には\(\alpha\)に完全に刺さったとは 言えないけれど、刺さったと言っても良い状態になる。
参考文献 原 惟之・松永秀章 著「イプシロン・デルタ論法完全攻略」共立出版
僕らの時代からすれば、高校時の旧課程である数Ⅲが予備知識として必要とは思われる。ただ、ここで論じたことは前段階であるから、 数Ⅱレベルでも追いついてくることはできるのではなかろうか。この論法はフランスのガロアが生きていた時代に編み出されたものと 考えている。数学史は詳しくないので各自ググってもらいたい。200年以上も前の数学知識であるが21世紀に生きる自分なら 理解できないことはない、と強がりを持って読んでいる。文系でも知的探求者らが一冊手に取って読むのに良本と思っている。
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