アルキメデスの性質

古の民は太平洋と同じ大きさの大海をスプーンで何度も水を拾い、結局、その大海を干しあげたという、言い伝えがある。
ご勘弁願うが、これは今で言うフェイクストーリーである。しかし、このストーリーを現実味たらしめる数学上の性質がある。
それこそが”アルキメデスの性質”である。数学でどのように論証するのか、一つの方法を観察してもらおう。証明に入る前に関係する重要な事実を挙げておく。
上に有界
集合 \(S\)を(実数のような)順序体とする。空集合でない集合 \(A\)は集合\(S\)の部分集合とする。
(ⅰ) 集合 A の全ての元xに対して、集合Sの\(\dot{あ}\dot{る}\)元 b が存在して\( x \ \leq \ b \) を満足するならば、集合 A は上に有界である。このとき、 b は A の上界と呼ばれる。
(ⅱ)  集合A の最小上界とは ー 存在するとして ー以下の後述する性質を満たす集合 S の\(\dot{あ}\dot{る}元\ b_{0} \) である。
 (1)\( b_{0}\ は集合 \ A \ の上界である。\)
 (2)\( b が集合\ A の他の上界であるなら、そのとき b_{0} \leq b\)である。 そのような\( b_{0} \) は集合Aの上限とも呼ばれ、\(\sup(A) \) と示される。

集合\(S\)は立ち入って論じないが、”アルキメデスの性質"は実数での議論なので、実数の集合\(\mathbb{R}\)と考えてもらいたい。
実数の集合は「完備性」と呼ばれる性質を持ち、その性質は"コーシー列"で判定されるという。実数の完備性から任意の集合\(A\)が上に有界で空集合でなく\(\mathbb{R}\)の部分集合であるなら、\(\mathbb{R}\)の中に最小上界を持つ。つまり、そのような集合\(A\)に関して、\(\sup(A) \in \mathbb{R} \)が成り立つ、と言われる。この事実がわからないゆえに、証明の内容が全く理解できない、という心配はないと考えている。ただ、「上界」、「最小上界」及び「上限」のイメージは必要なので、以下の定理を示して、「補論 \(\varepsilon\)-N論法」でも記載しているが、再度、個人的な見方であるが、具体例で示しておきたい。
定理 【 上 限 】
集合\(A\)を\(\mathbb{R}\)の部分集合とする。\(\sup(A) = \alpha\)を満足するのは、以下が成り立ち、かつ、その時のみである。
 (ⅰ)  \(\alpha が A \)の上界である。かつ
 (ⅱ) \(任意の\varepsilon \gt 0 が与えられたとき、\alpha - \varepsilon はAの上界ではない。あるx \in Aが存在して、\alpha - \varepsilon \leq x \leq \alpha である。\)

これまでの学習過程で個人的にイメージした考えで説明を加えておく。正確な認識は読み手に任せる。
集合A= \(\{n : n \leq 5\ ,\ n \in \mathbb{N} \}\)とする。範囲がきちんと定められているので、有界である。上限や下限は常に集合で考える。だから\(\sup(  )\)の( )の中は集合が入る。ここでは、\(\sup(A) = 5\)である。この5を含めて、上に有界と呼ばれ、5以上のそれぞれの値が上界(じょうかい)と言われる。その上界の中で5が最小であるから、最小上界と呼ぶ。ゆえに、上限と最小上界は一致する。定理での\(\varepsilon\)をここで1と看做して、5-1をすれば、4は上界でない。なぜなら、上限ではないから。ただ、注意することは上限は必ずしも集合の要素にならないことである。これは補論での有界の例をみてもらえば明らかである。上限を\(b_{0}\)として、集合の任意の元を\(e\)とすれば、\(e \leq b_{0}\)ということである。厳密性に欠けるかもしれないが、個人的な考え方で上限に関する定理を確認しておこう。
上界の定義から、\(b_{0} = m , b = n\)としよう。上限の定理にある(ⅰ)での上界というならば、上界の定義より\(m \leq n \)が成り立っている。任意の\(\varepsilon \gt 0 \)が与えられ、\(m \gt m - \varepsilon\)が成り立つ。\(m\)は最小上界で、上限でもあるから、\(m - \varepsilon \)が上界ではないのは明らかである。この\(m\)について、考察している実数の部分集合になっている空集合でない集合についてのものとしたら、その、ある元を\(x\)として、\(m - \varepsilon \leq x \leq m \)が成り立つと言える。これは\(m \gt x\)であれば上限\(m\)は集合に属したものではなく、\(m = x\)であれば上限が集合の元になっている、と補論で示した事実と一致する。以上で準備が整ったので、アルキメデスの性質へと進む。
【 アルキメデスの性質 The Archimedean property】
\(a\ (\gt 0)\)及び\(b\)が実数のとき、\(na \gt b\)を満足する、自然数\(n\)が存在する。任意の\(\varepsilon \gt 0 \)に対して、\(\dfrac{1}{n} \lt \varepsilon \)を満足する\(n \in \mathbb{N}\)が存在する。
\(b \le 0 \)なら例えば\(n = 1\)が存在し、\(a = b\)なら例えば\(n = 2\)が存在するのは自明である。自明なことは抜きにしての証明となる。最初の偽逸話での例のように、\(a\)は”スプーン一杯の水量"、\(b\)は"太平洋のごとき大海の水量"である。\(\dfrac{b}{a}\)はとてつもない大きさの実数を表す。だが、それを上回る自然数が存在する。直感ではそうとは思っても、それをきちんと証明するのが数学である。
その実数を\(x\)とする。例えば、\(x = \dfrac{e^{253}}{10^{-2}}\)とおくと、それは無理数であるけれども、それを超えない自然数が存在するだろう。つまり、\(\dfrac{e^{253}}{10^{-2}} \gt N \in \mathbb{N} \)で\(\mathbb{N}\)は実数の部分集合で、閉区間\([1 , N]\)であるから、有界であり上限(最小上界)が存在し、\(\sup(\mathbb{N}) = N \)となる。その事実を用いて、矛盾を示しての証明となる。なお、例で挙げた実数は無理数だが、自然数にも成り得るので、\(x \ge N\)となる。この事実より、読んだ定義から\(x\)は上界、\(N\)は最小上界と分る。ここで、私ごとで恐縮だが、比で表現できるのが有理数と解釈していた頃があった。しかし、無理数を有理数で除しても無理数なのだという気づきが解消してくれた。数学の身勝手な解釈は厳に戒めるべきものである。それこそが、数学上達の一つの道標であると痛感している。
証明) \(b \lt 0\) 及び \(a = b \) のとき\(n\)は存在するので、 \(a \neq b (\gt 0)\) で考える。\(na \gt b\)で両辺を\(a\)で除すと、\(n \gt \dfrac{b}{a}\)となる。\(\dfrac{b}{a} = x\)とおく。ここで、実数\(x\)を超える自然数が存在しないと仮定しよう。
\(x\)は実数であり、\(x\)を超えない自然数が存在する。即ち、\(x \ge N \in \mathbb{N}\)が成り立つ。\(\mathbb{N}\)は上に有界である、実数の部分集合である。実数の完備性により、\(\sup(\mathbb{N})=N\)が存在すると言える。\(x\)は上界である。ここで\(N - 1\)を考えると、上限は最小上界であるから、\(N - 1\)は上界ではない。だとすると、自然数\(m\)という、\( m \gt N - 1 \)を満足する数が存在することになる。ところが、その不等式の両辺に1を加えると、\( m + 1 \in \mathbb{N} \gt N\)となって、\(N\)を含んだ集合の元とならない、\(N\)より大きい新たな自然数の上限がみつかった、すなわち、実数\(x\)を超える自然数が存在しないとした仮定と矛盾が生じている。ゆえに、実数\(x\)を超える自然数は存在するという命題は真であることが示された。
ここで、\(a = \varepsilon \ \ b = 1\)とおくと、\(n \cdot \varepsilon \gt 1 \rightarrow \varepsilon \gt \dfrac{1}{n}\)\((\gt 0)\) が導出される。 (証明終わり)
任意の\(\varepsilon \gt 0\)に対して、\(\dfrac{1}{n} \lt \varepsilon\)である事実は、\(\displaystyle \lim_{n \to \infty} \dfrac{1}{n} = 0\)を保証する。\(\varepsilon - N\)論法でみたように、全ての\(n \gt N\)に対して、\(N = \dfrac{1}{\varepsilon}\)とおくと、\(\dfrac{1}{n} \lt \dfrac{1}{N} = \dfrac{1}{\frac{1}{\varepsilon}}=\varepsilon \ \Longrightarrow \dfrac{1}{n} \lt \varepsilon\)である。\(\dfrac{1}{n} = a_{n}\)とおくと、\(|a_{n} - 0| \lt \varepsilon \)で\(a_{n} \longrightarrow 0\)を意味した。
参考文献及び参照先:Jay Cummings "Real Analysis" <English Book> 及び他の数学関連ウェッブサイト多数 AIの使用なし.

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