E闇夜の一人旅
ラン42.2km
バイクをスタッフに預けると、ボランティアが駆け寄ってくる。ここは1選手に1人のボランティアが付き添ってくれる。
“大丈夫ですか?”と聞いてくる。“大丈夫だがお腹の調子が悪い”と伝えると、“メディカルテントに行きますか?”と聞いてくる。“いや、そこまでしなくても大丈夫、何とかします。”と答え着替えのテントに入っていく。
テントの中は人もまばらで、ベンチの上に横たわっている選手もいる。みなかなり無理をしたようだ。
そそくさとランウェアに着替え、足の痛みを止める薬を飲み、トイレで用を足しコースへ飛び出す。
反対側は残念ながら時間制限に引っかかった選手たちがバイクで下りてくる。
いつもより足は疲れているが、走れない状態ではないのでキロ6分で走り始める。バイクと同じように市街地を回り、海岸線のメインストリートであるアリードライブに下りてくる。
当然、沿道は多くの人が応援しておりにぎやかである。1マイルほど走るとまたお腹が痛くなり最初のエイドで用を足す。エイドを出てほんの100mほど走ると、またお腹が痛くなった。戻るかどうしようかと迷ったが、次のエイドまで我慢することにし走り続ける。
2マイルのエイドで再びトイレに入る。“いったいどうしたのだろう?”トイレトイレでは全くペースをあげることが出来ない。
このころになると既に日は沈みあたりは暗くなってくる。胸に付けているハロウィンのネオンバッチのスイッチを入れ、明かりをつける。
左胸でかぼちゃのお化けが、赤や黄色の光を点滅させそれはにぎやかである。子供たちが、それを見て喜んでいる。
3マイルほどで対向車が止まり、妻が顔を出しエールをかけてくる。真っ暗でも胸のバッチでわかったと言っている。
雨が降り始める。アイアンマン初の雨のステージである。
4マイル少々で折り返す。雨が体を冷やしてくれて気持ちいい。
10km地点で時計をみる。70分かかっている。トイレの分を差し引くとキロ6分弱で走っていることになる。“よし、いける!”
再び、市街地に帰ってきて、クイーンKハイウェイへの登りの道に入っていく。さすがにこの登りはきつく走ることができない。歩くことにする。
ハイウェイに出てからは、また走り始める。しかし、足の痛みが激しくなりスピードは落ちる一方である。
13マイル、なんとか半分来ることができた、2時間50分かかっている。“このまま走り、最後の10kmくらいはまたあの怒涛のような走りをすれば大丈夫”と考える。
この頃になると前後はもちろん、すれ違う人もあまり見なくなってきた。照明もない真っ暗なハイウェイの上をただ1人もくもくと走り続ける。
空を見上げると満天の星空である。ハワイ島は世界中の天文台が集まっているだけあり、星のすばらしさといったら他で見ることができないものである。
エイドで水を飲み、走っていると、吐き気がしてきた。“オェ”となるが何も食べていないので吐くものもない。吐き気と腹痛はしばらく止まっていたのにどうしたことか?
14マイルでハイウェイに別れを告げ、エナジーラボのわき道に入る。ハイウェイに照明がないくらいであるから、わき道などにあるわけがなく、しかも車も通らないので、完全な闇である。あとから思うとよく転倒しなかったものだと思う。
コナ空港の滑走路の外側をとおり、海の手前を折り返す。スペシャルニードがあるが、吐き気のため何も食べる気がせずそのまま通り過ぎる。フィニッシュゲートまでのエネルギーはコーラと、先ほど食べたアイスクリームと体中に貯めている脂肪に頼ることにする。一か八かのかけである。
折り返し始めて、自分より後ろの人数を数え始める。全部で8人である。最後の選手の横には救急車がついている。
何人かを追い越し、また何人かに追い越されハイウェイに出てくる。足の痛みはピークに達している。腹を壊しているので、痛み止めを吸収することができなかったようだ。
こうなると最後の10kmダッシュができなくなる。自分としては走っているのだが、早歩きの外人に抜かれてしまう。痛切に足の長さの差を感じてしまう。
夜の11時を過ぎると、1人に1台のサポートカーが付いてくる。時々救急車が横に並び“大丈夫か?”と聞いてくる。
私についているサポートは“その調子で続けろ、走り続けろ、まだ間に合う!”と励ましてくる。スピードが落ちると“走れ”と叫ぶ。
無線では私のレースナンバーを告げ、本部となにやら話をしている。どうやら何番の選手がどの辺にいるかを報告しているようだ。私の前の選手についているサポーターも同様のことをやっている。
時計を見る。ぎりぎりでフィニッシュできそうだ。ここまできたら意地でも時間内完走をしたい。それが予選を勝ち抜いてなくアイアンマンに出場することができたものの義務でもある。
また、スタート前に言われた、“あなたの後ろには数百人の抽選に漏れた全世界の人たちがいることを忘れないでください。絶対に完走してください”というボランティアからの言葉に答えることにもなる。
前を見ることができず、足元だけを見つめ、1歩1歩着実に足を進める。ハイウェイから市街地に下る道の交差点の信号が見えてくる。あと1マイル強である。
信号を右折し、下り始める。太った私には下りの道は有利である。スピードアップし前の選手たちを抜き始める。途中日の丸を振って応援してくれる人がいる。目頭が熱くなる。
妻が待っている。“ビクトリーロードで待っていてくれ”そう叫び、市街地の周回に入る。スタート時より多いくらいの人たちが沿道を埋め尽くし、帰ってきた選手たちを称えている。
最後の角をまがり直線に出た。光に照らされたフィニッシュゲートが見えてくる。永田夫妻が“奥さん待っているよ”と声をかけてくれる。
さぁ、ビクトリーロードである。妻を捜すがどこにいるかわからない。残念だがしかたない。1人でビクトリーロードに入っていく。
DJが私の名前を叫んでいる。周りからはものすごい声援である。出てくる手にハイタッチしながら、日の丸の扇子を広げゆっくりとフィニッシュゲートをくぐる。終わった。正にそんな感じだった。完走した喜びより、終わることができたという安堵感の方が大きいフィニッシュであった。
(6時間23分30秒)
合計16時間51分23秒